菊池牧師による聖書の言葉

菊池牧師のテレフォンメッセージもどうぞ・・0467-78-0374

2018年 7月

「主よ…わたしたちにも祈りを教えてください」 
          ルカによる福音書11章1節

 私の生まれ育ちは、既に、多くの皆さんがご存知ですが岩手県です。田舎町の貧しい家に生まれ、育ちました。私の祈りの原風景は、毎朝、仏壇や神棚に対して祈りをささげている母の姿です。毎日の生活に感謝していた姿を思いますし、芸術家の父親も夜になると写経をして、沢山の経を奉納していました。実際の所、とても、仏教的、日本的な環境に生まれ育ちました。とはいえ、恐らく我が家だけがそうだったというわけでもなく、太平洋戦争後でも、昭和30年代頃までの多くの日本家庭が、仏壇や神棚に手を合わせて、祈ることを行っていたのではないかと思います。

 それ以降、日本は高度経済成長時代と呼ばれる社会となり、経済的には右肩上がりの社会を迎え、進歩、発展を遂げて来ました。バブルの崩壊等苦しい時代もありましたが、それでも日本の生活水準の高さは世界有数と言えるでしょう。しかしまた、一方においては、戦争を起こし敗戦を経験したことの影響もあると思いますが、日本は、特に宗教という考え方に距離を置き始めました。医学や化学技術の進歩が、更にそれに拍車をかけていると思います。そして、現代にいたっては「神に祈る」思いから大分遠くなっているのではないかと思うのです。

 話は変わりますが、天に召されて20年となりましたが、キリスト教作家で三浦綾子さんという方がいます。三浦綾子さんの本に「心のある家」というタイトルの、エッセーがあります。祈りについて記してあります。ある日のこと、ご主人の光世さんの元同僚3人が三浦さん宅を訪ねて来たそうです。その時、光世さんが食前の祈りを捧げたそうです。祈りが終わって目を開けたら、三人が3人とも、涙を流しておられたとありました。光世さんの祈りに感動したからでした。綾子さんは、当初彼らがなぜ泣いていたのか分からなかったそうです。光世さんは「今日も貴重な命を与えられたことへの感謝」、「その命を養う食べ物を与えられることへの感謝」、「それらを造り給う神への感謝」、「客人に対する健康と平安」を祈ったに過ぎないのに、とありました。けれど、同時に、祈りに対して、例えば食事の祈りだけで、年に1,500回以上の祈りとなるので、あまりにも慣れてしまっていて、いつもの事となっていたのではないかとも記してありました。

 現代の私たちが祈りの大切さを忘れているのはちょっと寂しく、残念だなと思います。自分たちは祈りなどしなくとも、生きていけるとどこかで思っているからです。先日、一人の二十歳前の青年が「先生と話をしたい」と言ってやって来ました。たまにやって来ては、私にはわからないゲームの話を沢山して帰っていきます。生き生きと話をしてくれます。それから礼拝堂に一人で行って一人で祈っています。本当は苦しい胸の内を沢山持っている青年です。その姿はとても真剣で、見守る私の方が感動していました。 

 最近、改めて母や父の祈る姿を思い起こします。祈りは「幼子のような心」が求められているとも言われます。私たちはいつのまにか「幼子のような心」から大分遠いところで生きているのかもしれませんし、誰かに、あるいは何かに「感謝する」思いからも遠くなっているのかもしれません。感謝が無くなると、不満や不安、そして、怒りが心を占領します。そしてさらに祈りから遠ざかるのかもしれません。
だから、皆さん、一緒に祈って行きましょう。祈り方が分からないと思う方も教会へどうぞ。