聖書の言葉 幼稚園保護者向け

2023年3月までの文章は菊池牧師、2023年4月からは小林美恵子牧師による文章です。

2024年 2月

マタイによる福音書 6・25-34:
(イエスは言われた)

「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」

 

 

   「思い悩みからの解放」    牧師 小林美恵子

 思い悩む日を過ごすことが多い昨今であります。あのことも、このことも、衣食住の悩みも尽きません。災害問題、経済問題、いじめ、差別、平和、戦争、ご近所付き合い、子供たちのこと、愛する家族のこと、家庭内のこと、等等。

悶々とした日々を過ごしているとき、一歩外に出てみますと、暖かく優しい日差しが、あのどんよりと、重く垂れ込めている雲の隙間から差し込み、もう、春が来ているのだ、と思わせてくれています。

春の花の色は黄色から始まると言われています。確かに、菜の花、ロウバイ、然り、ミモザ、レンギョ等も春を告げる花々として、わたしたちの心を明るく、喜々とさせてくれるのです。その中でひときわわたしの心を引いてやまないのは、野に咲く、道ばたに咲く草花なのです。星をちりばめたような、オオイヌノフグリ、愛らしいホトケノザ、そして凛とし、楚々とし、軽やかに風になびいているぺんぺん草。どれもこれもお気に入りの草花です。柔らかい日の光に、どのような道ばたにも、幸せそうに咲き誇る彼らの美しさ愛らしさ、そして命の逞しさに、どれほど励まされ、力をいただいてきたことか!!

 誰からも気に掛けられることなく、世話をされるという事もなく、踏まれ、風雨に耐え、降り積もる雪をもはね除け、自分の命の精一杯を生きているのです。神さまは、そのけなげで、小さい命をお守りなさり、傲慢な人間の心をへりくだらせるのです。

 小さな存在に御目を留められるのは、神さまの習性なのかもしれません。ドレーパー記念幼稚園のお友達も、小さな存在です。昨年の4月にはじめて幼稚園に入園し、園の生活が始まったお友達の愛らしさを思い出しています。落ち着きのない子どももおりましたが、今では、礼拝でのお話しに耳を傾け、大きなお口を開けて讃美歌を歌い、目を閉じ、口を閉じ、手を合わせ、お祈りをしています。小さなポケットから献金を出してお捧げし、最後まで、小さな椅子にしっかりと座っています。祈りの最後の「アーメン」にも唱和してくれています。小さな存在は、神の守りと多くの愛に包まれ、囲まれて、確実に頼もしく成長しているのです。大人の「思い悩み」を、良い意味で裏切り、はね除け、彼らは、彼女らは成長しているのです。

小さい者に目を注がれる神は、空の鳥、野の花の命を守られます。さらに、何を飲み、何を着ようと、「思い悩むな」と、わたしたちを励ましておられます。「思いを深める」ことは良いことであると思います。しかし「思い悩む」時、何も良いことは出ては来ないのです。あれこれと悩み、ああでもない、こうでもないと、考え、そして迷い、苦しみ、七転八倒するのであります。

 鳥を養い、野の花を装い育てられる神は、花壇の中で咲き誇る豪華絢爛たる花ではなく、誰も気にも掛けない、道ばたに咲く小さな草花に目を留められる御方であります。「最も小さい者の一人に」目を注がれるのです。光輝く春は、旅立つ季節でもあります。誰もが、新たな出発をする時なのです。野に咲く花以上に祝福と恵みを、わたしたちの上に注がれる神が、見守っておられます。卒業を控えているお友達が、ご家族が、すべての人が、だれ一人として、「思い悩み」から解き放たれて、重荷のすべてを神さまにお任せして、お預けして、軽やかな心と足取りで、春の日差しの中を歩んで行く事ができますように。