聖書の言葉 牧師 小林美恵子
「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。 私の助けはどこから来るのか。
私の助けは来る 天地を造られた主のもとから。」 (詩編121:1-2)
年長さんは卒業の時が迫ってきました。いよいよ小学校入学です。「おめでとうございます」。幼稚園を卒業し、学校の門をくぐりますと、長い学びの時がいよいよスタートいたします。子どもたちの目の前には広大な未知の世界が広がっています。子どもたちの素晴らしい可能性、秘められている能力の花開くときでもあります。
慣れるまでには多くの時間を必要とする子どももおられることでしょう。すぐに溶け込む子どももいるのです。個人差がまた、大きく、大きく広がる時でもあります。それと同時に、それぞれの個性が日ごとに輝きを増して行く素晴らしい時でもあるのです。大丈夫です、個人差があります。早熟の花あり、大器晩成の花もあります。一喜一憂は禁物です。
送り出す園の園長、先生方、関わりを持たせていただいたすべての大人たちは、子どもたちの前途に幸多かれと、熱き祈りを捧げているのです。彼らの前途を思う時に、楽しいことや嬉しいことばかりではない、辛いときもあるであろうと言うことを、口には出しませんが、皆知っており、案じてもいるのです。
多分、苦労もあるでしょう。悩んだり、迷ったり、泣いたり、笑ったり、悔しがったり、喧嘩したり、病気したり、けがをしたり、いろいろな経験が子どもたちを襲うことでしょう。
そのような時に、どうしようもないときに、詮方尽きたときに、視線を上に向け、上を見上げて欲しいと思います。
「目を上げて」ください。 「天を見つめてください」。わたしたちには助け手がある事を思い出してください。神さまの愛の御手がいつも大きくわたしたちに向かって広げられていることを思ってください。目を上げて山々を仰いでみてください。神の愛が連なる山並みのように、わたしたちをとり囲んでいるのです。そしてさんさんと降り注がれている主の恵みを信じたいと思うのです。
やるせない思い、言葉にできない、言葉にならないあなたの嗚咽をじっと聞いていて下さる御方がおられるのです。そのことを忘れないで下さい。
「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。 私の助けはどこから来るのか。
私の助けは来る 天地を造られた主のもとから。」
多くの方々の祈りにわたしたちは囲まれており、守られているのです。そして必要な助けは必ず「来る」のです。「主のもとから」!!
神がわたしたちの味方なのですから、神がわたしたちの助け手なのですから、岩であり、砦でありますから、恐れずに、まっすぐに、「目を上げて」歩んで参りましょう。
神の祝福が、あなたの上に、豊にありますことを祈ります。