菊池牧師による聖書の言葉

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2018年 6月

「空の鳥をよくみなさい。…あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。」
                     マタイによる福音書6章26節

 今月の聖書箇所は恐らく聖書の中でも最も知られている箇所の一つです。「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養って下さる。」とあります。

 ここでイエス様が何を言おうとしているのかは明らかで、「思い悩まないこと」です。

 私たちは何に「思い悩んで」いるでしょうか。一つは、私たちは消費社会文化の中で生活しています。テレビのコマーシャルは、何度も繰り返しながら、「この品物を購入すればあなたは幸せになれる」と訴えかけているようなものです。ですからその甘い言葉に乗って、様々な物を購入しては一瞬の幸せを感じるのですが、しかし更に新しい何かが欲しくなり、また購入するといった繰り返しをしているようなものです。わかっていてもやめられない状態です。

 トルストイという小説家が「人にはたくさんの土地がいるか」という童話を記しました。ある農家が自分の土地が欲しくて、頑張って貯蓄してわずかな土地を購入しました。そこで作物を作り、売って少しの収入を得て幸せでした。けれど、いつのころからか、もっと広い土地が欲しいと思い、更に頑張って働き、もっと広い土地を購入しました。とても幸せでした。家族も大満足です。でもその農家は、もっと広い土地があればもっと幸せになれるとばかりに、二度も、三度も土地を購入するうちに、とても良い話を聞きました。少し遠くだけれど、とても安くて広い土地があるというのです。喜んで詳しい話を聞くと、「日の出から日没の時間内に歩いた分の土地はあなたの土地」と説明されるのです。主人は大喜びで準備して日の出から歩き出しました。相当歩いて横に曲がり、お昼を取り、更に歩き、もうギリギリかなというところまで歩いて曲がって、出発点を目指しました。けれど、欲張りすぎたのか日没まで本当に時間がありません。主人は一生懸命に走って戻りました。そして、あと少しというところまできて力尽き、倒れて死んでしまったというのです。ゴールで待っていた人々は、主人の遺体を埋葬するために、体に合わせて地面を掘り、つまり二メートルほどの幅と深さで十分でした。という言葉で終わるのです。皆さんも、子どもの頃に読んだことがあると思います。
改めて人の欲とは限りないものだと思います。

 とはいえ、イエス様は現代の消費文化社会に対してだけ「思い悩むな」と告げているわけではないでしょう。何よりも私たちは「人間関係」で悩みます。家族のこと、夫のこと、妻のこと、子どものこと、仕事のこと、いつも、ずっと悩んでいるかのようです。

 なぜ悩むのでしょうか。「今の、この状態が良くない」と思っているからです。「今の、この状態が満足ではない」からです。私たちはだから頑張れるという一面もあります。良い状態にしようと頑張るのです。では、いつのどの状態が満足なのでしょうか。恐らく人間関係にしても「満足」と想像していた状態になったとしても、その時には「この状態は満足ではない」と思うのではないでしょうか。

 だから大切なことは、今、この時を「満足して生きる」ところに幸いがあるように思います。幸せは自分のすぐそばにあります。そして思っているよりずっと簡単に自分のものになるのです。その秘訣は「思い悩まない」ということなのだと思うのです。