菊池牧師による聖書の言葉

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2019年 12月

「光は暗闇の中で輝いている。」     ヨハネによる福音書1章5節

 今から57年前にドレーパー記念幼稚園は開園しました。幼稚園の設立にあたり、当時の牧師であった乙幡(おつはた)和雄(かずお)先生と、教会員の角田敏太郎さんという方が中心となって働かれました。角田さんは昨年の11月29日、アドヴェントを前にして天に召されていかれました。86歳の生涯でした。

 先日の11月30日に、敏太郎さんのご家族と一緒に記念会を行いました。改めて敏太郎さんの生涯を振り返る時を持ちました。敏太郎さんは「神に牽引(ひか)れて」という著書を残していますが、その中に、人生で四回挫折があったと記しています。一つ目は、軍国少年として育ちお国の為にと願っていたにも関わらず、日本が戦争に負けてしまい願いが適わなかったこと。二つ目は、15歳の時に父親が天に召されたこと。敏太郎さんは15歳で喪主を務め、それ以降は家族のために働こうと決心されたようです。けれど、三つめ16歳の時、勤め先の国鉄(現在のJR)で、幹部候補生となり、国鉄の幹部養成学校に入学する数日前の仕事中、大きな事故に遭い、片足を失ってしまったこと。この出来事が敏太郎さんにとって最大の試練であったと思います。それでも九死に一生を得て、その後も懸命のリハビリを続け、ついに職場復帰を果たしますが、既に幹部となる道も閉ざされ、完全に生きる目的を失い、お酒を飲みながら仕事をしたこともあったようです。更には四つ目として、この大けがの後遺症のために体のあちらこちらに変調をきたし、何度も入院、手術を繰り返しながら、ついに45歳で職場を去らなければならなかったこと。この四回の挫折は、いずれも自分が思い描き計画していた自分の将来が閉ざされたことを意味しています。

 けれど同時にこれらの総ては、トータルしてみると必ずしも不幸の連続であったとは言えない、とも記しています。というのは、「キリストによる救いを敏太郎がいただいたからである」とまとめられてあります。神様は一方の道を閉ざされる方であるかもしれませが、思いもよらないもう一方の道を開かれる方です。敏太郎さんが立ち直るきっかけとなったのは、当時、厚木基地の中にあった教会に導かれ、更にそこから大塚平安教会を紹介されて、教会にやって来たことによります。教会の中で「闇の中に輝いている光」を見つけたのです。イエス・キリストの光を見つけたからです。この光を一人でも多くの人々に見せたいとの思いを抱き、牧師と共に、幼稚園設立に尽力されて、ドレーパー記念幼稚園を立ち上げ、生涯に亘り幼稚園の理事として重責を担って下さいました。

 「光は暗闇の中で輝いている。」私たちは、普通に自分の人生は自分のものと思っていますが、案外自分で決められることは少ないのです。誰も女性にとか、男性にと願って生まれて来るわけではありません。生まれたら女の子であり、男の子です。親も子供を選ぶことは出来ませんし、子も親を選べません。どの時代に生まれるのか、どの場所に生まれるのかも決めることも出来ません。誰一人として日本人にと願って生まれて来たわけでもありません。あるいは必ずしも丈夫な体でないかもしれません。ですから、私たちは与えられている状況の中で生きて行くしか道はありません。けれど与えられている状況はどうでしょうか?

 敏太郎さんが四度の「闇」を経験したように、私たちもまた「闇」の中を歩む思いをすることがあるのではないでしょうか。しかし「人には出来ないけれど、神には出来る」と言われた御子イエスの誕生は、神様が、私たちに神の光を見せて下さった出来事であったと思います。状況に生きるのではなく、神の光の中に生きていきましょう。どのような時でも大丈夫、なぜなら神様が私たちと共に、いつも一緒にいて下さるからです。クリスマスはもうすぐです。