菊池牧師による聖書の言葉

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2018年 12月

「学者たちはその星をみて喜びにあふれた」 マタイによる福音書2章10節

キリスト教の暦では、一年の始まりはクリスマスの四週間前の週、御子イエスの誕生を待ち望むアドヴェントからとなります。2018年は12月2日(日)からが新しい一年の始まりと考えるわけです。クリスマスは12月25日です。クリスマスというと24日の夜、クリスマスイブが、一番の盛り上がりと感じている方もいると思いますが、正確には当時のイスラエルの考え方は、日没で一日が終わり、そこから新しい一日が始まりますから、24日の日没と共に25日になるわけです。つまり、私たちがイブと考えている時間帯は既に25日になっているわけです。私たちは夜の12時に日にちが変わると思っていますから、なにか慣れない感覚ですが、正確な時計も無かった時代にはとても分かり易い考え方であったと思います。

更に、クリスマスの時期は、御子イエスの誕生からがスタートですので12月25日からがクリスマスです。私たちの国では25日が過ぎるとお正月一色になってしまいますが、実際はその時期こそクリスマスの時、年が明けて1月6日までクリスマスは続きます。キリスト教国と呼ばれる国では新年もクリスマス行事の中に入るわけです。この感覚も日本人の私たちにとっては、変な感じではないでしょうか。

なぜ1月6日なのかというと、25日の夜に、東の国で夜空を見ていた占星術の学者たちが、不思議な星を見つけ、その星を調べたところ「ユダヤ人の王」が誕生された印であるとわかりました。喜んだ学者たちは、ユダヤ人の王に会って礼拝をするために旅立ちます。凡そ2週間の旅を経て、イスラエルに到着し、1月6日にベツレヘムにいた御子イエスに贈り物を献げ礼拝した。この礼拝をもってクリスマスの締めくくりとされています。絵画や絵本等では、飼い葉おけに寝かされている御子イエスに対して礼拝をしている場面等が描かれていますが、1月6日まで飼い葉おけに寝かされていたとは思えません。恐らくベツレヘムにあった夫ヨセフの実家に向かったのではないかと思われます。

さて、ここで大切なことは、なぜこの出来事がクリスマスの締めくくりなのかというと、1月6日を公現日(こうげんび)とか顕現日(けんげんび)と呼びます。東の国の学者たちはユダヤ人ではなく異邦人です。その異邦人が御子イエスに対して礼拝した、その意味は、御子イエスが全世界の人々に対してその存在を示した時であったと考えられているからです。

私たちは三人の学者と考えていますが、聖書には必ずしも三人とは記されていません。ただ贈り物が黄金、乳香、没薬の三つだったので、三人と考えられてきました。古来伝説では一人は白人、一人は黄色人、一人は黒人とか、一人は若者、一人は壮年、一人は老人であったといったふうにも言われています。いずれにしても、この学者たちは、「その星を見て喜びにあふれ」ました。クリスマスは喜びにあふれる時です。私たちの人生に、私たちに命を与えて下さった神様が直接的に介入して下さった出来事だからです。その祝いの仕方は、国によって違います。日本のクリスマスの喜びは、キリスト教国のような喜び方とは違います。でも何より大事なことはどんな祝い方なのかよりも、「喜びにあふれる」ことです。どんな状況の中にあっても、家族と共に、親子と共に、神の恵みに感謝して、喜びにあふれて、笑顔で暮らすことです。そこに確かな平安があります。喜びと笑顔では喧嘩になりません。毎年一度のクリスマス、でも、2018年のクリスマスは一度しかありません。 一緒に喜んでこの時、過ごしていきましょう。