菊池牧師による聖書の言葉

文章はドレーパー記念幼稚園で発行する園だよりからの転載

2021年 4月

「わたしは良い羊飼いである」   (ヨハネによる福音書10章11節)

 「わたしは良い羊飼いである。」この御言葉は、イエス様が周りで聞いていた人々に向けてお話されていた時に用いた御言葉です。その意味は「あなたがたを良く知っている」ということです。

 私の家族は子どもが三人います。長男は25歳、流暢な言葉を用いて人を楽しませることが出来ますが、人見知りが激しく、体もそれほど強くないので案外内向的です。次男は21歳、言葉遣いは上手ではありませんが、誰とでもすぐ友達になれる特技を持っています。11年前に綾瀬に引っ越して来た時5年生でしたが、登校日初日に帰って来てすぐ「友達の家に遊びに行って来る」と言って、嬉しそうに出て行きました。親のほうが驚きました。三番目は長女です。大学生になりました。気難しく、生意気な言葉ばかり使います。でも本当は自信がなく、恐ろしく内向的で唯一の友達は飼っている猫です。同じ性格の超内向的な猫は、娘だけが頼りの日々を送っています。

 子どもたちが成長して改めて思いますが、兄弟でも、それぞれの性格、個性は全く違います。人の性格は、1,生まれ持ってのもの 2,生まれた社会から受ける影響 3,親や家族から受ける影響、等によって、出来上がると言われます。でも、同じ家、同じ親、同じ環境で育っても、性格や考え方が全く違うところを思うと、生まれ持ってのものが大きいのかもしれません。

 それぞれ個性を持って生れて来た子ども達を、画一的に育てることは出来ません。時々「子ども達をみんな同じように育てられない」と相談を受けたりしますが、むしろ当然なのではないでしょうか。

大切なのは、その子の性格や、考え方に添った子育てかもしれません。

 それが出来るのは、誰でもなく、親である私達です。子ども達のことを、誰よりも良く知っています。生まれた時から、成長する中で起こったあの事、この事、全てを知っているからこそ個性を大切にする子育てが出来るのです。

 良い羊飼いと言われるためには、羊が何匹いるとしてもその顔を見ただけで、違いが分かり、羊の特徴を知り、一匹たりとも見落とすことがない集中力が求められるでしょう。夜も寝ずの番をして、野生の熊や狼、泥棒から守る体力も必要です。更には羊からだけでなく、羊の持ち主との信頼関係力も求められます。それらの全てを兼ね備えてこそ「良い羊飼い」と言われるようになります。

 イエス様は「わたしは良い羊飼いである」と言われました。イエス様が羊飼いなら、私達は飼われている羊です。主イエスは、私達一人一人の性格、思考、悩み、不安、全てをご存知です。これまで誰にも話したことの無い、あの事、この事さえご存知です。良く知っているからこそ、「良い羊飼い」として共にいて下さいます。

この方の神の愛に包まれながら、これからの一年、私たちは幼稚園で一緒に過ごしていきましょう。子ども達が見せてくれる確かな成長と共に、私達も豊かに成長していきましょう。2021年の一年間も、宜しくお願いします。