菊池牧師による聖書の言葉

文章はドレーパー記念幼稚園で発行する園だよりからの転載

2022年 4月

「わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、

羊もわたしを知っている。」(ヨハネによる福音書10章14節)

 

 4月8日(金)に入園式が行われました。暖かな春の天候で笑顔溢れる良い入園式となりました。式の後、園庭に降りて馴染みのお母さんと話しましたら、2年前は入園式そのものが開催出来ず、更には暫くの間休園でしたと伺いました。コロナ感染拡大予防のために、私たちはマスクをしながらの生活ですが、改めて2年前を思い出し、大変であったこと、コロナ感染の影響が長く続いていること等を思わされた次第でした。

 今年の入園式、私はいつもに増して緊張していました。顔がこわばり余裕がなく、気持ちが上ずっていました。落ち着かなければと思いながら椅子に座り、式が始まる時間をこわばった顔で待っていました。すると、横にいた一人の園児が私の顔を見つめながら、笑顔でじゃれついて来ました。緊張している様子もなく自然でいつものように楽しそうに話しかけてくるのです。

 その子の笑顔とちょっぴりのじゃれ合いの時間は、まるで神様からの贈り物のようで、私の緊張を解きほぐすだけでなく、大切な事を教えているかのようでもありました。お蔭で緊張から解放され、楽しく入園式に臨むことが出来たので余計に嬉しく思ったわけでありました。

 人はなぜ緊張するのでしょう。色々な理由を挙げられるでしょうが、失敗しないようにとか、人前でみっともない姿を見せたくないとか、いつもの自分以上の力をだそうとか、つまり、人目を気にして、力んでしまうので緊張してしまうのでしょう。それが良い方向に向くこともありますが、多くの場合はあまり良い結果にはなりません。

 今月の聖書の御言葉は、「わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている」です。良い羊飼いはイエス様で、羊はわたしたちです。良い羊飼いの特徴は「羊のために命を捨てる」です。昼には牧草を求め、水を求めて、羊が迷子にならないように導き、夜には野生の熊や狼に狙われないように、羊泥棒に襲われないように一晩中火を焚いて、野宿しながら起きて番をします。何十匹、時には百匹以上いるとしても一匹一匹を見間違えることもありません。そのような羊飼いがいる群れの羊は、いつも安心して生活できるのです。

 イエス様が「わたしは良い羊飼いである」と言われたのは、羊であるわたしたち一人一人を良く知っていて、良く分かっているから、あなたがたは安心して過ごしなさいと教えられたということです。私たちは人の目を気にします。気にし過ぎることもあります。そうすると委縮して緊張して、こわばってしまいます。だから人の目ではなく、神様の優しい目が注がれていて、いつも大丈夫という思いを持ちたいものです。そのような安心の中で幼稚園生活が始まり、いつもに増して笑顔と喜びの一年に、皆で一緒にしていきましょう。