菊池牧師による聖書の言葉

文章はドレーパー記念幼稚園で発行する園だよりからの転載

2022年 3月

わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」   

         (マタイによる福音書28章20節)

 

 ロシアが一方的にウクライナに宣戦布告し、突入、空爆、爆撃を始めました。なぜそうなったのか?原因は何か?詳細は分かりません。ロシアのプーチン大統領は自分の正しさを主張しているようですが、いかなる理由にしても、武器を持ち人の命を奪う行為が正当化されるとは思いません。ロシアは核による攻撃をも示唆する言動を繰り返し、世界中に恐怖を与えています。ほとんど正気の沙汰ではない言動です。

 政治的、経済的、あるいは東西問題に関する事柄については複雑かつ私の能力を超えたところですから記せませんが、私が考えている点を三つ記します。

 

 一つは、プーチンは権力を長く持ち過ぎたのではないか、です。彼は1999年に権力者となりました。20年以上に亘り首相か大統領のどちらかの役職ですが、実際はどっちにしても独裁政権です。人は誰であれ、権力を持ちすぎると、いつの間にかそれを守るために人を犠牲にすることさえ厭わなくなることがある。そのことを思わされます。

 二つめは、権力者が抱える不安です。イエス様が誕生された時、東の国の三人の博士が星に導かれてユダヤの国にやってきました。ユダヤに到着し、城でヘロデ王に会って「ユダヤ人の王として生まれた方はどこか」と聞いた時、ヘロデ王は不安になったと聖書は記しています。ヘロデ王は自分が王なのに、別の王がいるなんて!と思うと不安と恐れが広がったのでしょう。自分の地位が脅かされるのではないかと思うと、人は時として、とんでもない行動に出ることがあるのです。

 三つめは、信頼する友がなく、相談する相手がいなかったのではないか、と思います。ドイツのメルケル元首相は旧東ドイツ出身で、若い頃からプーチンと知り合いだったと聞きました。良い話し相手でもあったようです。もしかしたらメルケルさんが、今もドイツの首相だったら、こうはならなかったのではないかとラジオの解説者が話していました。

各国の首相との関係が上手くいかず、心を打ち明けられる友がなく、自分は仲間外れになってしまった、とマイナス思考になっていたことも戦争の原因かもしれません。

 

 いずれにしても戦争は許されることではありません。けれどより一層はっきりするのは「人は弱く、脆く、儚い」ということです。人は一人では生きていけません。互いに助け合い、励まし合い、赦し合ってこそ平安に生きていけるものですし、なによりも究極的には「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と言われる主イエス・キリストの御言葉に支えられて生きていくしかありません。この世を造られた神様が私たちの友となってくださり、若い時も、結婚しても、苦しい時も、楽しい時も、コロナ禍であっても、いつも一緒にいてくださる。この方の愛に包まれて、今も、将来も、子どもたちが安心して、笑顔で過ごせる社会を目指して、また新しい年度を目指して3月を過ごしてまいりましょう。