菊池牧師による聖書の言葉

文章はドレーパー記念幼稚園で発行する園だよりからの転載

2022年 7月

詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌いなさい。」     (エフェソの信徒への手紙5章19節)

 

 「詩編と賛歌と霊的な歌」とあります。教会の礼拝は、古来音楽と共にありました。音楽と言っても色々あります。一つは無伴奏で、人の声だけで賛美する方法です。もともと聖書の言葉の多く、特に「詩編」の御言葉は韻を踏むようにして記されています。日本語だけですと理解しきれませんが、もともとの言語で読むと音楽のように聞こえてくるようです。それに美しいメロディをつけて、ハーモニーを付けて無伴奏で賛美します。それをアカペラと呼びます。アカペラの意味は「聖堂において」という意味です。アカペラの起源は教会にあるようです。

 けれど全く逆に多くの礼拝では、太鼓、竪琴、角笛、シンバル等を用いる音楽隊が備えられ、その音色に合わせて人々が賛美してきた歴史があります。先日、教会で行われたクラシックギターのコンサートも、後半はギターの音色に合わせて声楽家の女性が美しい歌声を聞かせてくださいました。人の歌声と美しい音色を生で聞くと、これほどに心が癒されるのかと思う程素敵でした。歌も楽器の音色も聞いている会衆にも一体感が生まれて心を癒し、豊かな思いに導かれます。

 「賛歌」とは聖書に記されている神を讃える祈りの御言葉です。良く知られているのは、マリアの賛歌です。マリアのもとに天の使いが現れて「恵まれた方、おめでとう」と告げ、御子イエスがマリアから生まれる話をするわけです。マリアは驚き、戸惑いますが、最後には「わたしは主のはしためです。お言葉通りこの身になりますように」と応答し、そしてマリアは神を賛美するのです。その讃美の御言葉を、マリアの賛歌と呼びます。マグニフィカートと呼ばれ愛されています。他にもザカリアの賛歌「ベネディクトゥス」なども良く知られています。多くの音楽家は、賛歌に美しいメロディをつけ、長く礼拝で大切に用いられてきました。

 更に「霊的な歌」とあります。霊的な歌とは現代でいえば、ゴスペルソング等もその中に含まれますが、古来「コラール」という言葉で表現されてきました。コラールとは、ドイツの教会で歌われている讃美歌という意味です。宗教改革者のルターはラテン語の讃美歌をドイツ語に翻訳し、教会全体で賛美できるように工夫をしました。その歌声を聞いた、カルヴァンという宗教改革者が強い影響を受けて、フランス語に翻訳してフランス語で歌えるようにしました。日本の教会は日本語で歌いますが、何語で歌うとしても会衆が心を合わせて賛美できるのは大きな喜びです。コロナ前に夫婦でスイスを訪ねましたがフランス語の礼拝に出席し、フランス語の讃美歌を賛美でき嬉しく思ったことを思い出します。

 詩編も、賛歌も、霊的な歌もそれぞれに良さがあり、どれも美しく心が癒されます。でも、もっと大切なのは「主に向かって心からほめ歌う」ことです。この心が欠けているとしたら、心が満たされることは無いでしょう。聖書のヤコブ書という箇所では、「舌で、神を賛美し、同じ舌で人を呪います。同じ舌で賛美と呪いが出て来るのです。」と記されています。それが人間の姿だと鋭く指摘しています。確かにその通りだと思います。だからこそ、私たちは心を高く主に上げて、主に向かってほめ歌を歌い続けて参りましょう。

神様はそのような者を喜んでくださり、大きな祝福で満たしてくださるでしょう。神を愛し、隣人を愛し、家族を愛し、子どもたちと共に賛美の歌声でもって7月を過ごしてまいりましょう。