菊池牧師による聖書の言葉

文章はドレーパー記念幼稚園で発行する園だよりからの転載

2021年 11月

「涙と共に種を蒔く人は 喜びの歌と共に刈り入れる。」   

 (詩編126編5節)

 

 詩編は全部で150の詩編で構成されています。その中の120編から134編までが「都に上る歌」と言われて、一般的には神殿があるエルサレムに向かって巡礼の旅をする人々が、これらの詩を歌いながら道々を歩いたであろうと考えられる詩編となります。

 私の長男は、大学3年になる春と4年になる春にスペインに行って、凡そ800キロの「サンチャゴ巡礼」を歩き通しました。あの頃の息子の目はキラキラしていました。今もですが。(笑)礼拝を献げるための巡礼の旅の習慣は古い時代からあったようです。

けれど、今月の詩編は巡礼といっても少し違います。この詩編の背景には戦争がありました。紀元前500年代にイスラエルは当時の大国であったバビロンとの戦いに敗れて、国が殆ど滅びてしまいます。生き残った人たちは捕虜としてバビロンに連行されていきました。バビロンの捕虜生活、難民生活は50年続きます。その後、歴史が大きく動きましてバビロンはペルシャに敗北し、思いがけずイスラエルの人々は自分達の国に帰ってもよろしいという帰還命令が出されたのです。

「涙と共に種を蒔く」とはそういったイスラエルの苦しい時代を表しているとも考えられますし、帰還した人々は荒れ果てた自分達の国、土地を見て涙したとも考えられます。生きて帰れた人々は、必死になって国の復興を願って働き神殿を建て、町を再建し、土地を耕しました。この様子を「涙と共に種を蒔く」としたのかもしれません。そのような苦労の末についに国が復興してくる、活気が戻って来る様子と共に、作物が収穫される。色々な意味を込めて「喜びの歌と共に刈り入れる」と綴られていると思うのです。

 10月の「聖書に親しむ会」で、ある方がこんな話をされました。「小さな子どもを抱えて、特に何人もの幼子を抱えて寝る暇がないほどに忙しくて、いつになったら楽になれるでしょうかと菊池先生に尋ねたら、子どもが大きくなったら楽になると思っているとしたら、それは間違いで、子どもたちが大きくなったら違う大変があってそれも楽ではありません。逆に子どもが幼い頃は楽しかったなぁって思いますよと言われて、今つくづくとそう思います」と笑いながら話してくださる方がいました。

 子育ては大変だと思うと大変です。楽だと思っても大変です。(笑)親が思ったような形で子どもが成長するわけではありません。でも幼い子供たちは色々な経験を重ねながら確かに大きくなっていって、その笑顔が、親や家族を励まし力付けているのも本当です。そんな子供たちが更に成長して、「喜びの歌と共に刈り入れて」いる姿を思いながら私たちは昨日も、今日も、明日も励んで参りましょう。