菊池牧師による聖書の言葉

文章はドレーパー記念幼稚園で発行する園だよりからの転載

2022年 6月

「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。

門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」(マタイによる福音書7章7節)

 

 二十代前半に聖書を読んで以来、教会に通いはじめ、次第に牧師として自分の人生を歩んでいきたいと願うようになりました。牧師になるためには「神学校」に通常4年通い、卒業単位を取らなければなりません。しかし、自分がそこまで本気かどうか自信が持てません。そこで神学校が広く開催していた「信徒のための神学基礎講座」に一年間通ってみようと思いました。一年間、一度でも休めば終了証はもらえません。もし一度も休まずに通いきれたら、神学校に入ろうと決心して講座に申し込み、最後まで通いきり終了証をいただきました。

 その後、無事入学できたのですが、果たして自分はどこまで本気だろうかと自問しつつ、学校が企画する様々な行事の全てを体験することを自分に課しました。一つは夏休みの期間、日本の諸教会に派遣されて実体験で学ぶ「夏期伝道実習」を3回申し込みました。

 一年目は北海道の教会、二年目は岐阜県の教会、卒業年次の四年目は岩手県の教会、四年目は卒業論文の資料をどっさり持って教会に行きました。

三年目はどうしたかというと、当時、神学校が初めて企画したフィリピンの神学校との交流というイベントがあり、思い切って申し込んでみたら選ばれて、第一回目の交流生としてフィリピンの神学校で学ぶ良い体験をしました。旅費は学校持ちでした。夏の暑い時期でもあり、緊張、英会話、慣れない食事、環境の違い、衛生面等の問題が重なり、帰国後すぐに完全にダウンし、死ぬかなと思う程の胃痙攣をおこして寝込んでしまいました。

 ある年度には、キリスト教主義の大きな病院に泊まりこみ、入院患者との会話を通して、話し方を学ぶ「臨床実施訓練」がありました。この時にも手を挙げたらなぜか選ばれ、厳しいけれど有意義な時間を過ごすことが出来ました。他にも特別に設けられた夏の連続授業等、とにかくチャンスの全てに参加しました。それらの一つ一つを乗り越えていけたら、きっとその先に卒業という目標が達成できるだろうと考えていたのです。

神学校の卒業は目標でもありましたが、自分の新しい人生のスタートともなりました。伴侶となる方も備えられ、卒業の月に結婚して二人で教会に赴任しました。

 

 「求めなさい、そうすれば、与えられる」とあります。聖書には「祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる」という言葉も記されています。本当にそうかなと思われる方も多いかもしれません。でも、本当にそうなのです。ただし、本当にそう求め、願い、その為に実行することが求められます。無理かな、出来ないかな、という思いが強くなってくるなら、その通りになります。大切なのは、求め続け、願い続け、実行し続けることです。時には周囲の人は反対するかもしれません。反対されたので止めますと言う人もいます。そういう人は多分、対して求めていません。

 求め続け、探し続け、門をたたき続けて、私たちは生きていきましょう。いつも前を見て、勇気を出して過ごして行きましょう。そんな生き方は自然と人に伝染して、家族も元気になり、子どもも笑顔になるはずです。素敵な6月を過ごしていきましょう。