聖書の言葉 幼稚園保護者向け

2023年3月までの文章は菊池牧師、2023年4月からは小林美恵子牧師による文章です。

2014年 11月

「大地は作物を実らせました。」   (詩編67編7節) 

                       
 私の故郷の先達で最も日本に知られている人は、恐らく童話作家宮沢賢治だろうと思います。私も宮沢賢治が大好きです。賢治には宮沢トシという若くして召された妹がいました。彼女は日本女子大の家政科を卒業して故郷の学校で英語を教えたのですが、生きた英語を習うために、盛岡の内丸教会で伝道活動をしていたタッピング宣教師夫妻のもとに通い英語で聖書を学んでいました。その時、宮沢賢治も一緒に学んでいたと言われています。トシがもしもう少し長く生きていたら洗礼を受け、クリスチャンとなっていただろうと言われますし、賢治の童話には聖書の内容からヒントを得て記したと思われる話しが沢山あることも有名です。
賢治は、農業高校で地学の先生もしていました。そして厳寒の中で貧しい農業を営む人々と一緒に生計を立て、共に歩んでいくために先頭に立ち農業指導をするだけでなく、自分も最終的には農家となって、一人鍬を持って生活することになります。しかし、彼の生涯もまた短く、生前に出版した本は僅かに一冊であることはあまり知られていません。
賢治の作品の中で最も知られているのは「雨ニモマケズ」という詩ではないでしょうか。この作品も賢治の死後、手帳に記してあったのが世に出された作品です。「雨ニモマケズ、風ニモマケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ、丈夫ナカラダヲモチ、慾ハナク〜」といった言葉で始まる詩の途中にこう記されます。
「ヒデ(ド)リノトキハナミダヲナガシ、サムサノナツハオロオロアルキ」この箇所は、雨が降らず日照りが続き不作になる時、またその逆に雨と寒さで日照不足に悩み不作になる時、みんなと一緒に涙を流し、オロオロと悩む姿が記されます。賢治は今から81年前の1933年に召されていますが、まだ死後100年も経っていない時代でさえ、恐らく日本の最大の敵は、どんな国よりも恐ろしい「飢饉」であったと私は思います。食べる物が無いという年が続くと、国が国として成り立たないのです。それゆえ、その年の秋の収穫がどのようになるのか、日本のみならず世界中の人々の最大の関心事であったとも言えるでしょう。ましてや詩編が記された時代、紀元前の時代に貧しい農業技術の中、人々は毎年、毎年、必死の農作業と共に豊かな実りが実りますようにと心のこもった祈りを神様に捧げていたに違いありません。
「大地は作物を実らせました。」と記した詩編の前後の詩も含めて、詩編67編は感謝と喜びと賛美で溢れています。その年、間違いなく豊作だったと思います。そしてその実りを神様に感謝して、記された一節が「今月の聖書の御言葉」です。まだ岩手に住んでいた頃、大変な豊作だった年がありました。我が家は農家ではありませんでしたが、その年は特別な収穫感謝の祝いがあり、なんと父親も駆り出されてみんなと一緒に大笑いで踊りを踊ったことを思い出します。あの時ほど、我が家が地域の人々と一緒であるという連帯感を感じたことはありません。私にとっても大きな、大きな喜びでした。
食べ物に対する感謝を忘れると、同時に神様に対する感謝も忘れ、神様を忘れ、そして自分達はいつでも自分達だけでやっていけると思ってしまう時、もしかしたら親に対する感謝の気持ちや、子供に対する愛の眼差しが薄れてはいくのではないでしょうか?隣人と共に歩もうとする慈しみのある連帯感が希薄になり、いつの間にか孤独となっていくのではないでしょうか?そうならないように是非、お気を付けアレ!