菊池牧師による聖書の言葉

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2020年 4月

「あなたがたは神様に愛されている子どもです。」

              エフェソの信徒への手紙5章1節

 

 毎月発行される「園だより」に聖書の御言葉から記しています。今月の箇所は「あなたがたは神様に愛されている子どもです」という聖書の御言葉です。

 コロナウィルスの為に、家で過ごす時間が多くなりました。でも良い事もあって、先日録画していた「リメンバー・ミー」というディズニー映画をみました。主人公は音楽を愛するミゲルという少年です。ミゲルはミュージシャンを夢見ていましたが、なぜか家族から大反対を受けます。その理由は、どうもミュージシャンであったヒイヒイおじいちゃんに理由があることが分かってきます。そんな中、ミゲルはひょんなことから「死者の国」に入り込んでしまい、びっくりしますが、孫の孫として、ヒイヒイおじいちゃんに会いに行って、最後は色んな秘密が明らかになっていく!というとっても素敵な映画でした。あまり細かく記すとネタばれになってしまいそうです。でも、もうちょっとだけ書きますが(笑)、一年に一度だけ、死者が家族のもとに帰れる日がありました。でも帰れる死者と帰れない死者がいました。その違いは家に自分の写真が飾ってあるか、飾ってないかという点でした。家族や友人のところに一枚も自分の写真が無いと生者の世界に帰れないのです。更には、生者の中に、自分を覚えている人が一人もいなくなると、死者は死者の国からも消えていなくなってしまいます。消えた死者はどこにいくのか誰もわかりません。ちょっと悲しい場面もありました。ヒイヒイじいちゃんも危うく消えそうになるのですが、ミゲルの大活躍によって、消えずにすんで、家族もミゲルも大喜びとなり、みんなが嬉しい。さすがにディズニー映画です。

この映画は日本のお盆の風習ととても似ていると感じました。更に、キリスト教が告げる家族の愛を強く感じていました。

改めて、「あなたがたは神様に愛されている子どもです」とあります。子どもの特徴は沢山ありますが、なんといっても子どもは諦めません。寝返りからお座り、ハイハイ、つかまり立ち、そしてついには立ち上がり、歩き出す。子どもが歩き出すまで一体何回転ぶことでしょうか。10回、20回では利かないでしょう。でも、回数ではなく諦めずに立ち上がり、歩き出そうとします。そこに迷いはありません。

不思議な事に、一回の失敗、二回の失敗、三回も失敗すれば、大人の私たちは諦めてしまうのではないでしょうか。もうダメだ、自分は出来ない、時間が無い、能力の問題、といったように様々な理由を付けながら諦めるのは正しいことのようにして生きていたりします。

子どもはなぜ諦めないのでしょうか。私は、本能とか、生きる力という点もあると思いますが、子どもの心の中は、「100%自分は愛されている感」で埋め尽くされているからだと思います。そこに少しも疑いなく、親も家族も自分を愛してくれているという徹底的な安心感と幸福感で埋め尽くされているからだと思うのです。そのような心を持っている人は、決して自分を諦めません。何回失敗しても、それがどうした!というように、次を目指す力が出て来るのだと思います。「神様に愛されている子ども」の特徴は、どんな時も自分は愛されていると自信を持って歩める子ども、ということです。

みなさん、もし何かを諦めていたら、自分は神様の子どもと心を入れなおして、前を向いて歩んで参りましょう。社会状況がこのような中にあって、誰もが下を向き、人と離れ、心が孤独になりそうな時期にあって尚、神様の子どもとしての役割は大きいと思います。あなたがこの社会に元気と希望を与える人になれます。だって、あなたも神様に愛されている子ども、ですから。