聖書の言葉 幼稚園保護者向け

2023年3月までの文章は菊池牧師、2023年4月からは小林美恵子牧師による文章です。

2015年 11月

「平和の種が撒かれ、ぶどうの木は実を結び、大地は収穫をもたらし、天は露をくだす。」
(ゼカリヤ書8章12節)

 今月の聖書の御言葉は、収穫感謝を意識して選ばれた箇所と思われます。幼稚園でも、先日子ども達がイモ堀を行い、収穫感謝礼拝は6日(金)に行われました。この時期、少し調べただけでも、里芋、マツタケ、銀杏、栗、ごぼう、カボチャ、落花生、きのこ、サンマ、サバ、ニシン等々、限りなく収穫の時期となっていました。大地は沢山の収穫をもたらし、私たちのお腹に向かって平安を告げます。
大地からの収穫は食べ物に限ったわけではありません。日本の豊かな自然は世界に類を見ない豊かな水をもたらし、水自然は森林をもたらし、森林は野生の動植物の命を守り、山々で育まれたミネラルを含んだ豊かな水が川となって海に注ぎ、栄養たっぷりの川の水と海水が混ざり合っている場所は、漁業にとって大切な場所です。特に牡蠣やホタテの養殖には、そのような重なり合った自然が大切なようです。
畠山重篤さんという方が宮城県気仙沼市に住んでいますが、「森は海の恋人」という本を記し、海の資源を守るために、山に木を植えることを始めた人として知られています。
更に、大地は私たちに燃料をもたらします。私は岩手の田舎で育ちましたから、子どもの頃は、炭を中に入れたコタツで暖まっていました。よく火事にならなかったと思う程に炭は特に冬の時期に欠かせない物の一つでした。また大地から石炭が取れて、石炭は現代の産業発展の基となりました。時代は石炭から石油へと変化し、燃料としての石油は、車のガソリン、ストーブの灯油、プラスチックの原料、アスファルトやゴム等、また、化粧品としても使用されているようです。原子力は多くの批判を受けていますが、その基となるウランもまた、大地の中に隠れていたものを人が見つけただけなのです。天然ガスや、特に「温泉」なども大地の恵みだと言えるでしょう。
余計な事ですが、個人的には日本で一番有効な発電方法は温泉からもわかるように、地熱発電が良いのではないかと思っています。それが進まない理由の一つは火山帯の多くが国立公園や国定公園となっていて、その中に施設を作ることが難しいからと言われますが、本当のところは電力会社の様々な思惑や、各地の温泉街から反対されているという事などが絡んでいるようです。
文化のことを英語でカルチャーと言います。もともと「耕す」を意味するラテン語から派生した言葉です。耕すことによって、人は遊牧民族から定住民族となり、そこから文化が登場したと言われます。本来、大地は人が耕さなくとも多くの恵みを生きる命へと提供し続けました。そこに人間の文化が登場し、耕し、人にとって更に豊かな収穫が確保されるようになりました。しかし、その収穫は世界的に見て、裕福層に対して優遇され、貧困層の人々は慢性の飢餓状態が続いていると言われます。そのような事を思う時、私たちは収穫の実りを心から感謝すると共に、「全ての大地は神のもの」であることを忘れないようにと願います。
大地のすべては神のものです。それを今、私たちは借りて使っているのです。この感覚が消えているところで、平和の種が撒かれるのではなく、争いの種が沢山撒かれているように思えてなりません。私たちの心にも平和という種が撒かれ、平和という手段によって、平和という収穫がもたらされることを願い、祈っています。