菊池牧師による聖書の言葉

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2015年 9月

「あなたに平和、あなたの家に平和、あなたのものすべてに平和がありますように。」
(サムエル記上25章6節)                          
 私の故郷は岩手県花巻市です。花巻市と言えば、一つには温泉、二つ目はわんこそば、でも、それ以上に有名なのは宮沢賢治(1896-1933)の故郷ということでしょう。宮沢賢治は岩手農学校(現在の岩手大学農学部)を卒業した後、花巻農業高校の先生をしていました。その後自ら農業を始めたり、地質技師として働いたりしながら、童話や詩の試作に励んでいたと言われます。賢治の妹のトシは、日本女子大の家政科を卒業し故郷の学校で英語の教師として務めながら、盛岡市の内丸教会に通い、時の宣教師に英語で聖書を教わっていわました。その学びに賢治も一緒に行っていたとも言われますし、賢治の親友であった斉藤宗次郎という人は、花巻市で最初のクリスチャンになった人で、そのような妹や、親友の影響もあり、賢治も聖書を熱心に読んでいたと言われます。因みに、花巻農業高校の教え子の一人に、照井謹二郎という人がいて、私が花巻教会におりました時には90歳を超えていましたが、賢治の教え子の最後の一人とも言われ地域の名士でしたが、毎週、教会の礼拝に出席されて、大変親しくして下さったことをよく覚えております。
さて、「平和」という言葉を見ると、私は宮沢賢治を思い出します。賢治の有名な言葉の一つに「世界全体が幸福にならない内は、個人の幸福はあり得ない」という言葉があります。花巻市の観光地に行けば、色紙やタオル、暖簾などに印刷されていて良く見る言葉です。この言葉、若い頃、私はあまり好きになれませんでした。世界全体の幸福を求めていく考え方は、世界全体主義的思想ではないかと反発を感じていました。けれど、何年にも亘って、この言葉について思い巡らす中で、賢治が考えていた「世界全体」とは人間社会だけを意味するのではなく、動物も、魚も、昆虫も、植物も、自然も、石も、土も、水も、全てが幸福になる時に、初めて個人の自分も「幸せ」すなわち平和になるのだと言っていることに気がつきました。逆のことを考えると、誰かの不幸の上にある幸福、平和、はあり得ない、と賢治は言っているのではないかと考えるようになって、そう考えるととても素敵な言葉だと感じるようになりました。
賢治は一面においては童話作家でしたが、他面においては地質学者でもありました。「石っこ賢さん」と呼ばれるほど土壌の専門家でした。ですから、賢治の考えた平和、幸福は、生きているものに限らず、地球上の全てのものを指していたと思われます。今月の聖書の御言葉は「あなたに平和、あなたの家に平和、あなたのものすべてに平和がありますように。」という御言葉です。あなただけでもなく、あなたの家族も、でも家族だけでもなく、あなたの持ち物も、全てにバランスが取れて平和な状態になっている。すなわち、全ての物が大切に扱われていることが平和への道であるということではないでしょうか。
あなたは平和ですか?あなたの家族は平和ですか?あなたのものすべてが平和を感じているでしょうか? 主なる神は、どの一つも軽んじることなく、平和であるようにと手を差し伸べておられます。私たちはもしかしたら、私たちだけの平和を望んでいるのかもしれません。世界中のあらゆる環境の中にいる、私たちの隣人、動物、植物、環境の全てにバランスが取れて、皆が笑顔になれるような、そんな社会をこそ、私は心から願いながら、新たな思いを持って9月を歩んで参りたいと思っています。